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高学歴ニート脱却に必要な自信の本質

こんにちは!アキです。

今日は、高学歴ニート脱却に最も大切な
自信についてお話ししていこうと思います。

結論から言いますと

自信とは
自己否定から抜け出し、正当に自分を評価してあげること

であると思います!

はっ?意味わかんない

自分を信じれて、前向きにポジティブにいられることが

自信でしょ!! そう思うかもしれません。

しかし、私のような家庭環境で育った
高学歴ニートにとってはそうではないのです。

目次

褒められることのなかった、学生時代

私の学生時代の話は以下のエピソードにて話しております。。

一時的に自己肯定感が高まった小学生時代を除き

基本的に私は、陰キャでしたし、自己評価は低かったです。

さらに、実家は皆会計士という変わった一家でして
資格、勉強マニアである父からは、褒められるなんてことは皆無で
以下のようなことを言われていました。

「日本の大学で高学歴なんてなんの意味もない」

「さっさと、手に職をつけないやつはバカ!」

「お前の学校は低能未熟(ていのうみじゅく)だったけ?(慶應義塾を揶揄して)」

某私立トップ理工学部のハードな学生生活と会計士受験を両立させ
現役合格を果たした、兄にすら

「あいつは、本当に要領が悪い」

「頭の素養としては、低い方」

と、いった有様。

負けん気の強い兄は、逆にそれをバネにして頑張れた!
父に、否定ばかりされたお陰で、メンタルが強くなり
社会人になっても、屈することはなくなった。
と後に、母親に話していたそうです。

父が、会社の同僚などを

「あいつは普通!」

と評すれば、その人は、かなり優秀なんだな!

と家族で認識するレベルでした。

まぁ、このような環境下で育った私は
周りからすると、頑張っているじゃん!

というようなことがあっても、常に

「いや、もっとやれている人がいるじゃん」

と上にいる人ばかりをみて、

全く自分を認めることは出来ない。

むしろ、頑張っているじゃん!と評価してきた相手に
「お前の基準で見てんじゃねーよ」

と、自分はどこか特別、人とは違うという思いも抱いていたことも確かです。


この相反する2つの考えと共に、常に不満と不安・欠乏感を抱えて生きていました。

そろそろあなたといるの限界かも・・

常に、今ここにいる自分を認められず、足りないところばかりに目がいく。

この習性が、無意識レベルまで落とし込まれていた自分は

自分だけでなく、周りの人に対しても欠点ばかり目がいくようになっていました。

「あいつは、全然気配りができていない」

「あいつは、のろい、使えない」

「あいつは、自己主張ばかりでバランスが悪い」

などなど。

直接的に相手にいうことはなくとも、目は口ほどにものをいう。

という言葉通りで、そんな自分からは、どんどん人が離れていきました。

あんなになりたくなかった、父と同じような人間になっていたのです。

しかし、自分は相変わらず無意識で行っており

まぁ別に、合わないやつ・自分の感性がわからないやつ
と一緒にいる必要もない!

程度にしか思っていませんでした。

そんなある日
自分を理解してくれていると思っていた彼女から

「もう私、そろそろあなたといるの限界かも・・」

「一緒にいて、楽しくなる人。私を大事にしてくれる人がいい」

と言われました。

いつも自分のブラックジョークも笑ってくれていた彼女が、、、

確かに、彼女のことも
行動がマイペースで不器用なので

「まだ寝ているの?住所はお布団ですか?」

「君の運転に乗るのは、死を覚悟した時だけ」

なんてことをいって、からかっていたこともありましたが
一緒に笑っていてくれたし、そこまで嫌になっていたことに気づけませんでした。

さらに彼女に
「結局、自分のこと認められてないからなんだと思うよ!」

とダメ押しの一言。。。。

そう言われた夜に

ネットで、色々と検索しました。。

人を見下す、共感性の欠如、自分を認められない


すると、出てきたのは

自己愛性パーソナリティ障害という言葉。。

挫折に弱い、人間関係は常に勝ちか負けか

お金・権力・実績などの外的価値しか信じない

共感性の欠如、自分を好きになれない、自分を特別な存在だと思っている

人生に意味や価値を求め、先ばかりみる

栄光に満ちた自分の姿ばかり思い浮かべ
たどり着く道筋を描く必要な努力をしない。

まさに自分にドンピシャでした。

物事を0か100かでしか考えられない。
階段で言えば、10段あるうちの2段を確実に登ってきたのに
その2段を登った!登れた!という自分のできている部分を一切認めてあげずに
できていないところばかりに注目する。

「はやく5段目にいかないと」
「10段登りきらないと」

といって登ってきた2段には
なんの価値もないと思っている。

だから結局、しんどくなって登るのをやめてしまう。
さらに自己否定感が高まり、次第に挑戦すること自体も億劫になる。

それではしんどくなって当たり前だったなと。

かのイチローだって、

「達成感や満足感は僕は味わえば味わうほど前に進めると思っているので、小さなことでも満足感、満足する事はすごく大事な事だと思うんですよね。

だから僕は今日この瞬間、とても満足ですし、それを味わうとまた次へのヤル気、モチベーションが生まれてくると、これまでの経験上信じているので、これからもそうでありたいと思っています。」


と言っているわけです。

だから、今までの自分は逆だったんです。

褒められないから、満足してはダメ!
常に満足せずに頑張らないと、という風になっていた。

しかし、本当の自信を得るためには
小さな成功体験、周りからみたらそんなこと?みたいなことでも
しっかりとそれを認め、満足感を得ることで、さらに一歩を踏み出せるというプロセスが必須だったわけです。

自己否定感から抜け出すキッカケ

理解者であると思っていた、彼女からの一言から
そろそろ、この自分の気質と向き合い改善しなければ、本当に孤立してしまう!!

何をしたらいいのか?と考え始めました。

そこで自分はまた
「ビジネスで成功すれば自信もつくし、いい!!」
「結局、金さえ稼げるようになれば、この問題もいけるのでは??」


と、自己愛性パーソナリテイ障害をガンガンにこじらせた発想をするわけですが、

「だから、そういう外的なことではない!!」

「あなたの内面的な問題だから!!」

どうせ、お金とかビジネスにしたって上には上がいるんだから
それ見て、また不満になるんでしょ。。」


と彼女に怒られる始末。

ん〜とにかく小さいことでも積み重ねて、自分を認めるでしょ、、
う〜ん。。

そんなおり、私の数少ない友人の一人が
「自分は毎日、その日の自分の状態を日記に記している」
「内省することで気分も落ち着くし、何に悩んでいるかもクリアになってきた!」
と話しているのを聞き、これかもしれない!!



確かに、今まで日記は
・振り返りもできる(備忘録として)
・モチベーションの管理にもなる
・思考力も鍛えられる

こんなことをビジネスの世界の方々も言っていたしな。

今まで長くても3ヶ月くらい続けて
「これなんか意味あんのかな?」
となって、途中で気づいたらやめていたけど
今回は、ひとまず3ヶ月以上はやってみよう!!

1日1行でも、あー疲れた!とかでもいいから続けよう!

と、Googleのスプレッドシートに記すことにしました。。

最初は、本当にただその日の感情や思いをぶちまけて終わりにしていました。

そして、いつも通り3ヶ月は続けることはできたのですが
やはり、イマイチ特に現実が変わるわけでもない・・。。

でも今回は、まずは3ヶ月以上は続ける!!
を目標にしていたので、そんなに苦になる作業でもなかったので継続していきました。。

4 ,5

6ヶ月が経った時に、スプレッドシートを見てみると
500行以上、書いていることに気がづきました。

すると自然と
「あれ、俺あれだけ苦手だと思っていた継続できてるじゃん!!」

「ん??ビジネスとかも、こんな感じで続けていたら気づいた時に
とんでもない積み重ねになって結果とか出るのかもしれないな!!」


と自分を、素直に認めてあげることができました。

振り返ると、恥ずかしい話、中学受験以降
主体的に、何かを半年以上続けていたことってなかったな。。
と気づきました。

やはり、継続は力なり!!

なんて、聞き飽きた言葉だけど、

結果を焦らず
日々の自分の積み重ねを認める
プロセスを大事にしながらコツコツやるのが一番近道なのか!結局


これが、10年近くも、
周りを小バカにし、すぐに目先の利益を求め、
0か100かの思考で生き、遠回りしてきた自分の結論になりました。


Ebayで成果を出せるようになったのも、この土台ができたからこそ
なのはいうまでもありません。


ですので、結論として
自信とは、自己否定から抜け出し、正当に自分を評価してあげること

という冒頭の一説に至るというわけです。

動画も撮ってみました。

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